吉三郎

八百屋お七が放火の大罪で処刑された日。17歳だった。
恋い焦がれた吉三郎は18歳。自分のせいで江戸は大惨事に
見舞われ、恋人は磔になったと自責した吉三郎は
僧西運となり後、目黒から浅草まで隔夜日参1万日して
お七の霊を弔ったという。27年かけての供養だった。
このことが目黒の大円寺に記録されている。